若旦那の夢【参代目の挑戦】

大学時代からかなりのラーメン好き参代目若旦那です。
吉祥寺の母校成蹊大学の隣にあるラーメン二郎には週2回通っていました。

今でも出張のたびにご当地ラーメンから、おいしいラーメンを調べて必ず食べます。
テレビや雑誌で美味しそうな人気店を発見すると、携帯にメモを取ります。

お土産は絶対ご当地即席ラーメンです。

若旦那です。


今回若旦那が訪れたラーメン屋さんはこちら



2015年5月にオープンしたばかりの 麺屋旨臓 
実はここ、私の所属する君津市商工会議所青年部の仲間がオープンさせました。


こちらがメニューです、各種ラーメンの他にチャーハンやカレーもありますよ


お値段もとっても手頃、アルコールもあるし、おつまみも用意されています
しかもおいしそうぉ?(*_*)


定番のとんこつ、しょうゆの他に、千葉県御当地竹岡式もあります


美味しそうなラーメンが並ぶ中、若旦那がチョイスしたのはもちろんメインのコレ!!


きみそば

こうやって汁の無い麺を混ぜ混ぜして食べます

地元の産品を使うをコンセプトに選ばれたのは 幻の大豆と呼ばれる小糸在来を使ったお味噌
これに君津の名品卵を落として混ぜて食べます。

口に広がるほんのりお味噌の風味と卵のまろやかさ
決してしつこくなく、さっぱりとした味です。

とってもおいしいですよ!!


Google Maps をご利用するには、Google API Key が必要になります。
Api Keyを取得して「コンフィグ > プロパティ設定 > Google Maps API Key」に設定ください。

場所はこちら。
道の駅ふるさと物産館向かいにある、片倉ダム記念館なか

尚営業はお昼の11時から14時の3時間だそうです。
売り切れ必至、是非お越しください。

亀山温泉ホテルから車で5分です。


標準体重は62キロと信じて疑わない 情熱の参代目若旦那です。
ちなみに身長は168cm(欲を言えばあと2センチ欲しかった)

1年ほど前にとあるセミナーを受けたのがきっかけで興味を持ったことがあります。

ファスティングという健康回復方法

ファスティングとは*
ファスティング・・・アスリートや芸能人の間で話題となり、 今はダイエットだけではなく、美容・健康維持のために実践する人が後をたたない「ファスティング(断食)」。ファスティングは、英語のfastという動詞(断食する ・絶食する・精進する)の名詞形。つまり、「断食」「絶食」を意味します。

とAllAbout には載っております。
僕自身もそんなニアンスで受け取っておりました。。

人の体は消化でいっぱいいっぱいになっている

今回の酵素ドリンクは 酵素プレミアム

ファスティングをするとどうして健康になるのか。
普通に考えたら食べないから不健康で倒れちゃうでしょって思いますよね。

僕もそう思っていましたし、絶対ファスティングなんてできないって思っていました。

然しセミナーに出てファスティングの効果、そして酵素の働き、消化の仕組みなど多面的にファスティングをとらえたときに
これは絶対やるべきだと考えました。

そして2014年8月、11月、そして今回2015年5月と過去3階のファスティングに成功を収めることが出来ました。

人の体は内臓の消化で成り立っています。
通常酵素には2種類の働きがあって、主に消化に一生懸命働いている消化酵素と、悪いところの修復や細胞活性化に一生懸命働く細胞活性化酵素があるそうです。

そしてそれは通常消化酵素:細胞活性化酵素=7:3 と圧倒的に消化にパワーが回っているようです。

そこで断食をして、通常内臓で行われている消化を休ませてあげることで、そのパワーをすべて細胞活性化に回してしまおうというのがこのファスティング

だから健康になるんです。

永い間体に貯めた毒素(食品添加物)もこの働きにより、体外に排出されます(デトックス)

当然体重だって落ちるからダイエットにもなる


3回目ですが、僕自身これだけ7日間のファスティングでスリム化しました。

体重 62.8キロ→58.4キロ (?4.4キロ)
体脂肪 18.1%→14.6%(?3.5%)
ウェストマックス 80?→73.5?(?6.5?)
ウェストへこませ 75?→69?(?6?)

正しい方法で、正しい酵素ドリンクを飲んで、規則正しい生活をすれば
必ず成果は見えると思います。
何より体が健康になることを感じられるのではないでしょうか。

但し、必ず専門家やトレーナーをつけてやられたほうがいいと思います。
もし聞きたいことなどありましたら何なりと自分にお問い合わせください。


細い(*_*) 筋肉つけねば(笑)


ゴールデンウィークにもかかわらずファスティング(酵素ドリンクだけを飲む断食)を行っている
亀山温泉ホテル情熱の参代目若旦那です。

なぜこんな忙しいときにやるんだい!?
多くの人はそう思う疑問にはこう答える

「だってこんな時期しかできないからさ(●^o^●)」

さて本題

30年の時を経てご利用いただける感動とは?


昨日お泊りになられたお客様
お父さんお母さんとかわいい三人のお子様たち


柏からお越しのS様


ご到着時に奥様が
「懐かしい、変わってない」と一言

お話を伺ってみると
幼少時代にずっと家族で亀山温泉ホテルに泊まっていて、ずっと来たいって思ってくださっていたとのこと。

もう嬉しいです。
だってこれって僕の思うお
お客様の思い出に残り続ける宿 であって
そして 家族の絆がつながる宿

になれた瞬間なんですもん!!

子供たちを連れてきてくださったことで、お母さんの思い出がお子様との思い出の場所になり
同時に3世代に思いが想い出がつながった瞬間ですよね。

旅館はその場所でずっと営業を続けることにやっぱり意味があると思っています。
それがこのS様のように、長い年月を経てもお帰り頂ける場所であること

そしてその一瞬で 当時の思い出がよみがえるということ

大切なこと


変わり続けることと同じだけ、変わらないでいること


この想いってきっと 僕たち経営陣にも言えることですよね。

創業者である祖父の想いがあって、現社長の父がその思いを紡ぎ
そして僕が橋渡しになって、4代目チビ旦那に繋がっていく。


そんな亀山温泉ホテルにお泊りにいらっしゃいませんか?



気付けば5年が経過していた。
自分がこの亀山温泉ホテルに戻ってきたときに想像していた
5年後とはかけ離れていた。
最初の自信も相当無くしていたのも事実、
嫌だなぁって思うことはたくさんあった。

それでも一つの事実は、減少傾向にある旅館業界、
多くの有名旅館が潰れ、事業再生に追われ、
外的要因も重なり、淘汰されている。


その中で亀山温泉ホテルは 潰れることなく、営業を続けている。
昭和25年祖父五兵衛が宿屋のオヤジになった亀山鉱泉から、亀山ダム建設に伴い、場所を移転して亀山温泉ホテルとして法人登記した昭和50年、父である現社長につながり、今がある。






父と母はもちろん尊敬しているし、二人がいたからこの亀山温泉ホテルは存続している
そしてこれから先も二人の力なしでは、まだまだ勉強不足、甘えがある自分には何もできない。

でも
絶対このままじゃいけない
絶っ対にこのままじゃいけないんだ


このままじゃ、何のための自分の存在かわからない
思ってみても自分の出来ることって限られている
お金だって借りられない

立場だって社長女将より弱い
でも俺がやんなきゃいけないんだ
それだけの可能性があるのだから、引き出して形にして、お客様に認めて頂く!!
ちょっと思ったより全然長い時間がかかりそうだけど、絶対になんとかする。


口先だけだったその思いが、一つのきっかけによって形になった。
それが2013年10月から半年にわたり参加した次世代旅館経営者育成セミナー だった。


観光庁とリクルートが手を組み、次世代につながる地域イノベーターを育てようと企画されたもので、全国から16人の仲間が共に切磋琢磨して、自分を見つめなおし、旅館を見つめなおし、地域を考え、これからの未来を見据え、描き、行動に移していった。

僕は自分がどんな人間でありたいのか、どう生きていきたいのか、自分はどんな存在なのか




こちらの記事はつづきになります。
前回の記事 GENTEN はこちらをご覧ください

2002年から5年間旅館修行を積み
2007年から1年間海外オーストラリアワーキングホリデーを経て
2008年いよいよ家業である亀山温泉ホテルを継ぐべく、実家へと戻ってきました。

奇しくもそれは、高校卒業で東京1人暮らしのために実家を離れてからちょうど10年の月日が流れていました。

あの時母にあてた手紙
「でっかい男になって帰ってくる」
その言葉に完全なる自信こそなかったものの、最愛のパートナーを向かい入れ、気合は十分だった。



亀山温泉ホテルの名前を全国に轟かせる
元気のない千葉県を盛り上げてやる!!

何も知らない29歳の男はそう高い鼻を伸ばしていた。


すぐに自信は、想いは、空中に空しく散っていくことになった・・・。

実家に戻ってすぐのことだった。
お客様のチェックインをして、お部屋にご案内をした瞬間お客様がお怒りになった。
「こんな部屋には泊まっていられない」すぐに帰ると。

まったく事情を呑み込めず、お怒りになるお客様にただ呆然としながら
申し訳ありませんと謝罪をしながら、交通費にしてくださいとお金をお渡しした。

今思えば本当にお粗末な対応で恥ずかしさいっぱいですが
当時は本当に困惑をして頭が真っ白になった。

父と母にも当然大目玉をくらった。

修行をしていた伊香保温泉福一でそんな経験など何一つしていなかったからだった。
今まで味わったことのない悔しさが僕へ次から次へと襲っていった。

やることはたくさんあった、亀山温泉ホテルにたくさんの変化をつけていった。
そしてそれは少しずつだが売り上げという形で跳ね返ってきた。

お客様からも「若旦那帰ってきてから少しずつ良くなっているね」とお声をかけてもらえることも多くなった。僕の目から見て伸びシロがたくさんあったのだ。


しかし、しかしその言葉に安堵を感じる余裕すらないほどいろいろな状況が自分を襲った。というよりそれはすべて自分が招いたことだった。

修行先の福一でご贔屓にしてくださっていたお客様が亀山温泉ホテルに遊びに来て下さった。
そしてその期待を大きく裏切ってしまった。若女将もよくかわいがってくれたお客様は
「こんな旅館じゃ若女将も嫁いできて可哀そうよ、あんたしっかりしなさい!!もう私たちはここに泊まりに来ることはないからね!」

大切なお客様を失ってしまった瞬間だった。

当時から予約サイトには口コミが主流となっていた。その口コミにおいて亀山温泉ホテルの評価は千葉県下でかなり下の方に位置をしていた。見たくない口コミばかりが並び、県下平均4.0と言われている口コミ評価が一時期2.9という低さまで落ちたこともあった。

すべて自分が自分がと行動していたことで、独りよがりになり、だれにも相談できずに、もがき苦しみ、同じことを繰り返していった。報連相をすることなく、自分の思い通りに動き息詰まる。
誰かのせいにすることはなく、全て自分の責任だと思いながらも、環境が悪い、施設が悪い、両親が悪い、スタッフが悪い。。。そうやって思い込もうとする黒い自分にもうすうす感じていた。

全てが独りよがりだった。
このころ一番響いた言葉は
「若旦那はひとりで空回っている」だった・・・。

それは紛れもない真実でしかなかった。



施設の老朽化がひどい
手入れがなっていない
掃除が出来ていない
接客がなっていない
料理が冷めている

挙げればきりがない程の現実

私はまさか自分が一生働いていく旅館がこんな評価であるという事実に
目を覆い、耳をふさぎ、もういいやって思った事が沢山ある

もっとすっごいいい旅館に戻ってきたかった

そんな最低な思いを抱く事もある。


自分が意気込んで亀山温泉ホテルを立派にすると言っていた現実は
自分が想像している以上に、ギャップがあった。


全旅連という組織に所属し、出向という形でたくさんの仲間の旅館に泊まることになった。
成功されている旅館、全国的に名の通った旅館、そして評価の高い旅館

泊まれば泊まるほど、そして先輩の話を聞けば聞くほど
僕は悔しくなって、自旅館を恥ずかしく感じていった。。。

この思いは今も続き、なおも消えることがないように思える。

要はだれかと比べる事での評価に自分自身が囚われすぎているのだと思う。


極めつけは 天下の掲示板 2chへの誹謗中傷だった。
実名を出され、温泉のことや施設のこと、そして自分自身のことが叩かれに叩かれていた。

心の弱い僕は、見なければいいのに、毎日その掲示板を見てしまった・・・。



やりたいことと出来る事は違う。
それを嫌というほど味わった。

沢山出てくるアイディアのほとんどが、通用せず、実行できずに終わっていく。

福一とのギャップ、やりたいことがやれない事実、立場も力も決定権もない自分の不甲斐なさ

亀山温泉ホテルの欠点ばかり目がいき、福一と比べ、これでは駄目だと嘆く!

違って当たり前なのに

これを変えないと それにはお金がかかる そのおかねはどうする 借りる 借りられない
じゃあどうする 

こんな繰り返し

やりたいこととやれることは違う
それを嫌という程味わった。

(その悔しさがばねになっていったのは後々に分かってくることであるが)


それでも僕がつぶれない理由、そしてなお未来を見据える理由
情熱という言葉を自分に課している理由

亀山温泉ホテルが大好きで応援してくれるたくさんの常連様の存在
「若旦那期待しているよ」「またよくなっているね」「もっと頑張ってね」その温かいエール。
時には厳しい叱咤激励でおしりをたたいてくださるお客様もいらっしゃいます。

地域環境と温泉の素晴らしさ
亀山温泉ホテルが位置する目の前が湖という立地環境と、多くのお客様に愛される自慢の天然温泉



このふたつの強みこそ、亀山温泉ホテルが何より繁盛していける最大の理由であり、お金で解決が出来ない、先祖に感謝すべきギフト、そして守り続けなければいけないギフトなんです。

「こんなにいいところなのにもったいないよ」
お客様のこんな言葉に集約されている、亀山温泉ホテルの可能性を僕も信じているからだ。

何より地元が大好きで、その大好きな地元のみんなが「亀山温泉ホテルは亀山観光の中心なんだから、しっかりしてもらわないと困る。応援しているから!!」というエール。

そう地元の為にも、亀山温泉ホテルはしっかりしていかなければならないんだ。


そう思えるころに ちょうど戻ってきて5年が経過していた。
四苦八苦して、悔しさの中で過ごしてきた5年間だったように思える。


そして若旦那自身が次のステージに進むときが、沢山の出会いの中で生まれていった・・・。


次回に続く・・・