経営全般

未完成でいい。100年先へ紡ぐ、亀山温泉ホテルの物語

亀山温泉ホテルは1950年に始まりました。そして2050年、創業100周年を迎えます。

最近、私はその2050年の景色をよく考えています。亀山温泉ホテルをどんな会社にしたいのか。この亀山という地域をどんな場所にしたいのか。そして、自分たちは次の世代に何を残していくのか。

考えれば考えるほど、これは単なる「旅館経営」の話ではないと思うようになりました。

私たちが掲げているビジョンは「奥房総の観光リーディングカンパニーとして、100年続く100人企業になること」。

そしてミッションは、「お客様にぬくもりを届け、今ある宝物(自然・文化・郷土)を大切にしながら、共に挑み共に喜び続けることにより、地域の未来に幸せが湧き出す源泉を宿し続けます」。

この言葉を本当に実現するとしたら、私たちは「観光」だけを考えていてはいけないのだと思います。

#ここを故郷にする人を増やしたい

亀山にたくさんの観光客が来る。それももちろん嬉しい。でも私が本当に見たい未来は、その先です。

ここを大好きになる人が増える。何度も帰ってきてくれる人が増える。ここで働きたい人が現れる。ここで子どもを育てたい家族が増える。一度外へ出た若者が「やっぱり亀山に帰ろう」と思える。

そして、生まれた場所が亀山ではなくても、「ここは自分の故郷だ」と思ってくれる人が増えていく。そんな地域にしたい。

以前、私は「地域の子どもたちを1クラス30人にしたい」という目標を掲げていました。

子どもたちがこの地域で育ち、自分の「やりたい」を見つけ、それを実現できる地域。学校という形なのかもしれない。セカンドスクールなのかもしれない。フリースクールなのかもしれない。まだ答えは分かりません。

でも、山や湖、温泉、旅館、農業、地域の大人たち、そのすべてが先生になり、子どもたちの挑戦を応援する場所はつくれると思っています。

そして対象は子どもだけではありません。

亀山には、すでに大切な宝物があります。豊かな自然、亀山湖、そして温泉です。

これらを観光資源としてだけでなく、健康、ウェルビーイング、リトリート、リカバリーという視点でも生かしていきたい。

子どもが元気に育つ。若者が挑戦する。働く世代が心と身体を整える。元気な高齢者が地域の中で役割を持ち続ける。そして人生の最後には、温泉と自然のエネルギー、人のぬくもりに囲まれながら穏やかに暮らすことができる。

0歳から人生の最後まで、全世代の人が自然と笑顔になり、元気になれる地域。

観光、教育、福祉、健康、仕事、暮らし。それらがバラバラに存在するのではなく、地域の中で自然につながっている。そんな「故郷」をつくれたらと思っています。

# 変わらないものを守るために、変わり続ける

1950年、亀山温泉ホテルが始まった頃には、今の亀山湖はありませんでした。

その後、亀山ダムが建設され、1981年に完成しました。亀山の景色は大きく変わりました。そして、その新しく生まれた湖を望む場所に亀山温泉ホテルがあります。

考えてみれば、今私たちが「亀山らしい」と感じている景色も、かつて大きな変化の中で生まれた景色です。

だから私は、変化することそのものを恐れたくありません。大切なのは、100年後に振り返ったときに「これも亀山らしい」と思える変化をつくることだと思っています。

暮らし方は変わっていい。働き方も、教育も、福祉も、交通も、テクノロジーも変わっていい。

でも、山の稜線、湖の静けさ、温泉のぬくもり、地域の文化、人と人とのつながり。それは100年後も残していきたい。

変わらないものを守るために、変わり続ける。

これが、これからの亀山のまちづくりの大切な考え方になる気がしています。

# 2050年はゴールではない

2050年、亀山温泉ホテルは創業100周年を迎えます。

でも最近、そこはゴールではないと思うようになりました。そこからまた「NEXT30」が始まる。

その約30年後、2081年には亀山ダムも竣工100年を迎えます。

1950年。1981年。2050年。2081年。

そうやって時代はつながっていきます。

2081年、その頃には私はもうこの世にいないでしょう。「参代目」と呼ばれる昔の人になっていると思います。

でも、それでいい。

私は今、会社を経営する中で毎日のようにもがいています。うまくいかないこともある。迷うこともある。答えが見つからないこともたくさんあります。

でも100年、200年という時間軸で考えたら、参代目・鴇田英将のもがきなんて、長い歴史の中ではほんの一瞬です。

それでいいんだと思えるようになりました。

# 未完成でいい

この言葉に、私は少しホッとしました。

未完成でいい。

一人の人間が、一代ですべてを完成させる必要なんてない。

伝統も、歴史も、文化も、一人ではつくれません。何代もの人が少しずつ守り、少しずつ変え、少しずつ次の世代へ渡していく。その積み重ねを、後の世代が振り返ったときに初めて、「これが亀山の文化なんだ」「これが亀山温泉ホテルなんだ」と呼んでもらえるのかもしれません。

だから、答えを急がなくていい。

私たちが出せなかった答えは、次の世代が出してくれる。

自分の代で完成させようとするのではなく、先人から受け取ったものを大切にしながら、今できることを精いっぱいやり、少しだけ未来を良くして、次へ渡す。

それでいい。

# まだ見ぬ孫、ひ孫へ

私には子どもたちがいます。

でも、その先にいる孫やひ孫は、まだこの世に存在していません。名前も知らない。顔も知らない。

それでもいつか、その子たちがこの亀山に立っているかもしれない。

私は祖父・五兵衛のことを思い偲ぶことがあります。

どんな気持ちで商売を始めたのだろう。何を守ろうとしたのだろう。どんな未来を想像していたのだろう。

私は祖父の人生すべてを知っているわけではありません。それでも祖父が生きた証の続きを、今、自分が生きています。

だったら私も、まだ見ぬ孫やひ孫たちが「参代目ってどんな人だったんだろう」と振り返ったときに、「この人、本気で亀山の未来を考えていたんだな」と思ってもらえるような生き方をしたい。

完璧じゃなくていい。失敗もする。迷いもする。無茶苦茶だったと言われてもいい。

でも、この土地を愛していた。この地域の未来を諦めなかった。

それだけは伝わる人生を残したい。

私たちは、長い物語の途中にいる

1950年に始まった亀山温泉ホテルの物語。

私たちは、その物語を完成させる存在ではないのかもしれません。長い歴史の中でバトンを受け取った、一人の走者です。

先人から受け取ったものを守り、時代に合わせて変え、少しだけ良くして、次へ渡す。

2050年へ。2081年へ。そして、そのもっと先へ。

100年先も湖が輝き、温泉が湧き、子どもたちの笑い声が聞こえ、元気な大人たちが働き、高齢者が笑い、「ここが自分の故郷だ」と言う人がいる。

そんな地域を、今からゆっくり、じっくり育てていきたいと思っています。

奥房総亀山に、亀山温泉ホテルあり。

100年先にも、そう言われる故郷を。

完成させることを急がず、次の世代へ、またその次の世代へ。

私たちはまだ、長い物語の途中にいます。



経営理念を体現するということ

亀山温泉ホテルの経営理念は、

私たちはお客様にぬくもりを届け、今ある宝物(自然・文化・郷土)を大切にしながら、共に挑み、共に喜び続けることで、地域の未来の幸せが湧き出る源泉を宿し続ける

というものです。

そして、私たちが大切にしている価値観は、

ALL WIN
挑戦
貢献


です。

正直に言えば、私はこの理念を完璧に体現できているわけではありません。

ALL WINを掲げながら、自分本位になってしまうこともあります。
挑戦を掲げながら、現実に足を取られることもあります。
貢献を掲げながら、焦りや承認欲求が出てしまうこともあります。

でも、だからこそ理念が必要なのだと思います。

理念とは、できている人間の勲章ではありません。
できない自分を何度も立ち上がらせる、未来からの呼び声です。

できないから、もがく。
もがくから、考える。
考えるから、言葉になる。
言葉になるから、人に届く。
人に届くから、流れが生まれる。

その流れを、旅館へ、スタッフへ、お客様へ、地域へ還元していきたい。

実業家として、現場で証明する

私は、ただの成功者として語りたいわけではありません。

今もなお、旅館再建の途中です。
毎月の数字に向き合い、人の問題に悩み、現場の課題に揺さぶられています。

でも、だからこそ言えることがあります。

完成してから語るのではなく、
もがきながら学び、言葉にし、行動に変える。

これが、私自身の生き方であり、亀山温泉ホテルの挑戦です。

外の世界から火種を拾い、
自分の中の薪に着火し、
現場で炎にする。

学びとは、知識を増やすことではありません。

世界の見え方を変え、
行動を変え、
現実を変えること。

これからも私は、旅館という現場で学び続けます。
そして、その学びを言葉にし、行動にし、地域の未来へ還元していきます。

よっしゃー。



最近、自分の中で大きくつながった思考の型があります。

それが、

アナロジー思考
ロジカル思考
クリティカル思考


そして、

ドリーマー・リアリスト・クリティスト

さらに、

具象 → 抽象 → 具体

という流れです。

一見、難しい言葉に見えるかもしれません。
しかし、旅館経営の現場に置き換えると、とても大切な考え方です。

出来事を、ただの出来事で終わらせない

旅館を経営していると、毎日さまざまな出来事が起こります。

お客様からいただく嬉しい言葉。
時には厳しいご意見。
スタッフとの会話。
地域の方とのつながり。
売上や人手不足への不安。
施設の古さや課題。
そして、自分自身の未熟さ。

これらは一つひとつを見ると、ただの日常の出来事です。

しかし、その出来事を一段深く見つめると、そこには必ず学びがあります。

例えば、お客様からのご指摘があったとします。

その時に、ただ「申し訳なかった」で終わらせるのではなく、

「お客様は何に不安を感じたのか」
「どの瞬間に期待とのズレが生まれたのか」
「次に同じことが起きないためには何を変えるべきか」

と考える。

これが、具象から抽象へ上がるということです。

そして、そこからもう一度、具体的な行動に落とし込む。

接客の言葉を変える。
館内案内を見直す。
スタッフとの共有方法を変える。
予約時の説明を変える。

ここまで行って、初めて学びは現場を変える力になります。

具象 → 抽象 → 具体

私はこの流れを、とても大切にしたいと思っています。

具象とは、目の前で起きている現実です。
お客様の声、スタッフの反応、地域の変化、自分の感情などです。

抽象とは、その奥にある本質を考えることです。
なぜそれが起きたのか。
何を教えてくれているのか。
別の場面にも使える法則は何か。

具体とは、それを行動に変えることです。
商品にする。
接客にする。
仕組みにする。
発信にする。
スタッフ教育にする。

最後の具体まで落とし込まなければ、学びはただの知識で終わります。

私は実業家です。
旅館という現場があります。
お客様がいます。
スタッフがいます。
地域があります。

だからこそ、学んだことは必ず現場に戻さなければならないと感じています。

夢を見る自分、現実にする自分、問い直す自分

もう一つ、大切にしたいのが、

ドリーマー・リアリスト・クリティスト

という考え方です。

ドリーマーは、夢を見る自分です。

「こんな旅館にしたい」
「地域をもっと元気にしたい」
「お客様にもっと喜んでいただきたい」
「スタッフが誇れる会社にしたい」
「亀山地域の未来に貢献したい」

そうやって、まだ形のない未来を思い描く力です。

しかし、夢を見るだけでは現実は変わりません。

そこで必要になるのがリアリストです。

誰がやるのか。
いつやるのか。
いくら必要なのか。
どの順番で進めるのか。
どうすれば現場で続けられるのか。

夢を実行できる形に落とし込む力です。

そして、さらに必要なのがクリティストです。

本当にお客様のためになるのか。
スタッフに無理をさせていないか。
利益は残るのか。
自分の思い込みではないか。
見落としているリスクはないか。

これは夢を否定するためではありません。
夢を現実で死なせないために必要な問いです。


ちょっと長いので続く



最近、こんなことを考えました。

「情熱って、どうやったらなくならないんだろう?」

多くの人はこう言います。

もっと頑張ろう。
もっと気合いを入れよう。
もっと自分を奮い立たせよう。

でも本当にそうなのか。

僕は、少し違う答えにたどり着きました。

情熱は、出すものではない。
もともと自分の中にあるものなんじゃないか、と。


情熱がなくなるのではない

情熱がなくなったと感じることがあります。

やる気が出ない。
ワクワクしない。
前みたいに燃えない。

でも本当に「なくなった」のでしょうか。

もしかしたら、

情熱がなくなったのではなくて、
情熱と“つながっていない”だけかもしれません。

スマホとWi-Fiみたいなものです。

電波は飛んでいる。
でも接続が切れていると、何もできない。

情熱も同じ。

自分の中にはある。
でも、つながれていないと感じられない。

証明と創造

ここで大事な話があります。

人はよく「証明」しようとします。

・自分はできると証明したい
・成功して見返したい
・結果で示したい

これは悪いことではありません。
実際、僕もずっとそうやってきました。

でも証明は、
「まだ足りない」というところから始まります。

だから、どこかに緊張があります。
どこかに敵がいます。

一方で、「創造」は違います。

創造は、

・まだないものを作る
・もっと面白くしてみる
・やってみたいからやる

ここには敵がいません。

あるのは、未来とワクワクだけです。

証明の時間と創造の時間

証明は、

「いつ達成するか」

が大事になります。

締切。
目標。
数字。

だから時間がギュッと縮みます。

一方で創造は、

「どんな未来を増やすか」

が大事になります。

だから時間が広がります。

やっていると、

「あれ、もうこんな時間?」

となるのが創造です。



じゃあ、どっちが正しいのか?


どちらも必要です。

創造だけでは、現実になりません。
証明だけでは、疲れてしまいます。

だから大事なのは、

創造を主役にして、
証明をサポートにすること。

未来を作るために動く。
その結果として、証明される。

この順番が大事だと、僕は思っています。

情熱は足さなくていい

情熱が足りないとき、

新しい刺激を探したくなります。

でも本当は、

足りないのではなく、
つながっていないだけかもしれない。

自分は何が好きなのか。
何を面白いと思うのか。
どんな未来を作りたいのか。

そこに戻ると、
情熱は自然と流れ始めます。

情熱は、出すものじゃない。
守るもの。

なくなるものじゃない。
つなぐもの。

今日も、未来を証明するために生きるのではなく、
未来を創造するために動いていきます。



礼から始まる経営──亀山温泉ホテルの五徳循環

経営をしていると、
「人が育たない」「組織が噛み合わない」「想いが伝わらない」
そんな壁に、何度もぶつかります。

数字や戦略の前に、
もっと根本的な“ズレ”があるのではないか。
そう考えるようになりました。

私が辿り着いた答えは、
すべては「礼」から始まる、ということです。

礼とは、形ではなく「想いを分かち合うこと」

礼というと、
挨拶やマナー、所作を思い浮かべるかもしれません。

しかし本質はそこではありません。

■何のためにやるのか
■どこを目指しているのか
■互いに何を大切にしているのか

想いを言葉にし、分かち合うこと。
これこそが、経営における礼だと私は考えています。

礼が生む「信」、信が呼ぶ「機会」

想いが共有されると、
人は安心し、信頼が生まれます。

信頼は、お願いしなくても
自然とチャンスを連れてきます。

紹介、協力、応援、挑戦の機会。
それらは偶然ではなく、
信が積み上がった結果です。

義──役割とミッションを引き受ける覚悟

チャンスを受け取るということは、
同時に責任を引き受けるということ。

誰のためにやるのか
何を優先し、何を断るのか

筋を通す覚悟。
これが「義」です。

智──経験は、理念へと昇華される

役割を果たし、責任を背負う中で、
人は学びます。

なぜうまくいったのか
なぜ失敗したのか

経験が整理され、
やがて人生や経営の理念へと昇華されていく。
これが「智」です。

仁──自他を慈しみ、守る経営へ

理念を持った先にあるのは、
支配でも、正しさの押し付けでもありません。

人を壊さない
未来を削らない
弱さも含めて守る

強さとしての優しさ。
それが「仁」です。

そして、再び「礼」へ──螺旋は上へ伸びていく

仁にたどり着いたとき、
人はもう一度、礼に立ち返ります。

ただし最初とは違う。

今度の礼は、
表面的な共有ではなく、
価値観そのものを分かち合う礼。

こうして
礼 → 信 → 義 → 智 → 仁 → 礼
という循環は、
同じ場所を回るのではなく、
器を広げながら上昇していく螺旋になります。

経営者は、先頭ではなく「中心」に立つ

リーダーは、
誰かを見下ろす存在でも、
一人で突き進む存在でもありません。

想いの中心に立ち、
みんなの代表として決断する存在。


だから私は、
仲間の前に立つとき、
「自分が一番偉い」とは考えません。

「みんなの想いを預かっている」
そう思って立っています。

亀山温泉ホテルは、
この五徳の循環を、
経営・サービス・組織づくりの土台にしています。

古くて、不器用で、遠回りかもしれない。
それでも、
人が人として誇りを持って働ける場所をつくりたい。

礼から始まる経営は、
今日も静かに、確かに回り続けています。