情熱は“出す”ものじゃない。もともとあるもの。
最近、こんなことを考えました。
「情熱って、どうやったらなくならないんだろう?」
多くの人はこう言います。
もっと頑張ろう。
もっと気合いを入れよう。
もっと自分を奮い立たせよう。
でも本当にそうなのか。
僕は、少し違う答えにたどり着きました。
情熱は、出すものではない。
もともと自分の中にあるものなんじゃないか、と。
情熱がなくなるのではない
情熱がなくなったと感じることがあります。
やる気が出ない。
ワクワクしない。
前みたいに燃えない。
でも本当に「なくなった」のでしょうか。
もしかしたら、
情熱がなくなったのではなくて、
情熱と“つながっていない”だけかもしれません。
スマホとWi-Fiみたいなものです。
電波は飛んでいる。
でも接続が切れていると、何もできない。
情熱も同じ。
自分の中にはある。
でも、つながれていないと感じられない。
証明と創造
ここで大事な話があります。
人はよく「証明」しようとします。
・自分はできると証明したい
・成功して見返したい
・結果で示したい
これは悪いことではありません。
実際、僕もずっとそうやってきました。
でも証明は、
「まだ足りない」というところから始まります。
だから、どこかに緊張があります。
どこかに敵がいます。
一方で、「創造」は違います。
創造は、
・まだないものを作る
・もっと面白くしてみる
・やってみたいからやる
ここには敵がいません。
あるのは、未来とワクワクだけです。
証明の時間と創造の時間
証明は、
「いつ達成するか」
が大事になります。
締切。
目標。
数字。
だから時間がギュッと縮みます。
一方で創造は、
「どんな未来を増やすか」
が大事になります。
だから時間が広がります。
やっていると、
「あれ、もうこんな時間?」
となるのが創造です。
じゃあ、どっちが正しいのか?
どちらも必要です。
創造だけでは、現実になりません。
証明だけでは、疲れてしまいます。
だから大事なのは、
創造を主役にして、
証明をサポートにすること。
未来を作るために動く。
その結果として、証明される。
この順番が大事だと、僕は思っています。
情熱は足さなくていい
情熱が足りないとき、
新しい刺激を探したくなります。
でも本当は、
足りないのではなく、
つながっていないだけかもしれない。
自分は何が好きなのか。
何を面白いと思うのか。
どんな未来を作りたいのか。
そこに戻ると、
情熱は自然と流れ始めます。
情熱は、出すものじゃない。
守るもの。
なくなるものじゃない。
つなぐもの。
今日も、未来を証明するために生きるのではなく、
未来を創造するために動いていきます。




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