地域情報

清水渓流広場(濃溝の滝・亀岩の洞窟)は千葉県を代表する観光スポットです!


リトリート担当のミドリマンです。

今日は、当館近くにあります観光スポット清水渓流広場(濃溝の滝・亀岩の洞窟)の歴史について、ご案内をいたします。

時期によって滝に射し込む光が、ハートの形になることでSNSを中心に有名になったスポットです。


ハートの形になるのは3月、6月の早朝です!


光が射し込まない時はこのようなトンネルになっています。


実はこのトンネル、約350年前に人の手によって掘られた手掘りトンネルです。



時は元禄、1世紀の間に1200万人の日本の人口が2800万人へと2倍以上に一気に膨れ上がった空前のバブル期、日本史上稀有な景気拡大&人口爆発期です。

単純計算でも2倍以上の米が必要になり、全国では新田開発が盛んに行われました。


黄色の線が元の川(笹川)の流れ、狭くなった2点間をショートカットして生まれたトンネルが濃溝の滝・亀岩の洞窟です。


丘陵地帯の多い千葉県では、平地の多くは既に田んぼになっていました、そこで私たちのご先祖は妙案を思い付きます。

Uの字に蛇行している千葉県の川の特徴を活かして、2点間が近くなっている所をトンネルでショートカット。


濃溝の滝・亀岩の洞窟の正体は新田開発の為に掘られた手掘りトンネルです!


そして、干上がった川底に土を入れて(×印の部分)田んぼにすることに!見事に米の増産に成功しました!

この千葉県ならではの新田開発工法を、川廻し(かわまわし)と言います。



今は観光地として木道が設置され、遊歩道になっているこの場所が新田開発された川底です、もちろん昔は田んぼでした。

川底の地形はホタルの生息地として理想的で、ホタルの名所としても有名です。


この新田開発ラッシュの50年後、この人が米価安で大変な思いをすることになります!


全国的に米の増産が盛んに行われた1600代後半でしたが、元禄期が終わり1700年代になると人口は横ばいに、今度は新田開発し過ぎたツケで米が余ってしまい、米の値段は半分以下になってしまいました。

コメ将軍と呼ばれた8代将軍「徳川吉宗」が大変苦労することになりますが、それはトンネルが出来てから50年後の話。

こんな歴史がある清水渓流広場(濃溝の滝・亀岩の洞窟)も、今ではすっかり千葉県を代表する有名観光地、紅葉にはまだ早いですが猛暑は9月も続く予報です、清水渓流広場に涼みに出かけませんか?