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脳がオフになれば、感性がオンになる

私はよくリトリートプログラムの一環で「湖とリズムが合ってくるまで眺めてもらう」ことを体験してもらっています。

スマホ依存の気がある若者層や、ハードな仕事、都市の喧騒にまみれて生活している方にとても有効なワークだと感じています。

その奥には「マインドフルネス」の知見があって、応用編として、こういうことをしているのですが、なかなか「瞑想しましょう、静かに目を閉じて、ありのままを感じてみましょう」と言っても、

そうしようと思えば思うほど、雑念が噴き出してしまい、ストレスになる方も少なくありません。なので、こうして湖を眺める、夜なら星を眺める、炎を眺める、などの間接的な方法を取っています。

先日「新緑の広域ネイチャーガイド」では、山のリズムと合ってくるまで、山に吹く風を感じていただき、その後に谷に行くと、すぐに谷風をキャッチされたのには私も驚きました。

更に、その数日前の「亀山湖でヨガレイクリトリート」では、都会の喧騒にまみれた港区(しかも高速道路の隣で勤務)からお越しの方が、最初は何をどうして良いのかが分からなかったけど、どんどん鳥の鳴き声なども分かるようになってきた、呼吸も深くなって脳がクリアになってきたのをご自身の体感として話されていました。

マインドフルネスには「こんな効果がある」「有名企業の社員が実践している」「科学的に根拠があり効果が実証されている」のような文脈で使われる近代マインドフルネスと、仏教用語(サティ)の訳語としての、元々のマインドフルネス(ただのサティの英語訳)があります。

サティとはひらたくいうと深い気づきのことなのですが、最近、自己啓発的な場面でよく使わている単なるその場での“気づき”ではなく、「そこへ戻り続けること」という意味が含まれています。

湖を眺めていると、最初は何も分からない。ただ景色を見ているだけです。

けれど、しばらくすると、風の違い、鳥同士の間合い、鳥のさえずり、水面の揺れ、空気の密度、空気感の変化、夕方へ移り変わる湿度の変化、自分自身の呼吸の深さ、脳がクリアになってきた感覚、少し冷えてきた身体、など、それまで感じる事が出来なかったことが、少しずつ身体に入ってきます。

これは「学んだ」というより、自分の感覚の速度が、自然のリズムと合ってきた状態なのだと思います。

だからリトリートとは、何か特別な知識を得る時間というより、都市生活の中で閉じていた感覚を、もう一度ひらいていく時間なのかもしれません。

私は僧侶ではないので、「これがサティです」と語れる立場ではありません。ただ、「こんな効果があります」と結果を追いかける近代マインドフルネスよりも、ただ、湖とリズムが合ってくまで眺め、山のリズムと合ってくるまで、鳥の鳴き声に耳を傾けてみる。川とリズムが合ってくるまで、足を浸してアーシングしてみる。

そんな、元々のサティな時間を大事にしたい。

それが、現代人の忘れかけた感覚をひらき、自分もまた自然の一部であると気づかせてくれることを、私は現場で感じているからです。

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